東京高等裁判所 昭和28年(て)21号 決定
請求人 金永鎬
〔抄 録〕
本件上訴権回復請求の理由の要旨は、「請求人は本件有価証券偽造行使詐欺被告事件につき昭和二十五年五月三十日に東京地方裁判所で有罪の判決を受け、これに対し東京高等裁判所に控訴の申立をしたが、その後同年九月から別の事件の刑の執行を受け、同年十一月頃東京拘置所から宇都宮刑務所に移監された後仮出獄を許され、足利市の吉野一郎方に身を寄せていたのである。そしてその後さらに別の事件の刑の執行のため昭和二十七年六月から府中刑務所に在監しているのであるが、前記控訴事件に関しては東京拘置所及び宇都宮刑務所に前記のごとく在監当時その職員に連絡方を依頼しておいたのにかかわらず何の連絡もなく、昭和二十八年三月二十六日に至つて前年十二月十八日に東京高等裁判所で控訴棄却の判決のあつたことを知つたのである。以上の次第であるから、上訴権の回復を許されたく請求に及んだ。」というのである。
よつて請求人に対する前記有価証券偽造行使詐欺被告事件の一件記録について調査すると、請求人は同事件につき控訴の申立をした後も別件により代用監獄たる中野警察署留置場に勾留されていたため、当裁判所は同所において請求人に対し弁護人選任に関する通知書及び控訴趣意書差出期間通知書を送達したところ、請求人は国選弁護人の選任を請求するとともに自ら控訴趣意書を作成して当裁判所に提出したのである。しかるにその後昭和二十七年一月に至り公判期日の召喚状を請求人に送達しようとしたところ、同人はすでに中野警察署留置場には在監せず、調査の結果同人はその以前すでに東京拘置所に移監され、さらに宇都宮刑務所に移監されて昭和二十七年一月七日仮出獄により釈放されたことが判明したが、心当りを探しても請求人の釈放後の居住場所は不明であつた。そこで当裁判所ではやむをえず結局同年十二月三日に同月十八日午前十時の公判期日召喚状を同人の最後の住所地であつた東京都中野区囲町一番地市原イネ方に宛て書留郵便に付して送達し、右公判期日には請求人不出頭のまま国選弁護人の弁論を聴いた上直ちに判決をしたものである。以上の次第であつて、請求人が当時当裁判所の判決のあつたことを知らなかつたということは推察するに難くない。しかしながら、もともと刑事被告人は書類の送達を受けるため書面でその住居を裁判所に届け出る義務があるものであるから(刑事訴訟規則第六十二条参照)、請求人としては前記のごとく控訴趣意書を当裁判所に提出した後東京拘置所及び宇都宮刑務所に身柄を移監された際にはその都度その旨を当裁判所に届け出るべきであつたのであるし、ことに仮出獄によつて釈放された後においてはなおさらその住所を届け出るべきだつたのである。これは刑事訴訟規則に規定があるからというだけではなく、通常人の常識をもつてしても当然なすべきことであつたといわなければならない。しかるに、請求人はこの届出を全然しなかつた結果当裁判所の判決のあつたことを知らず、従つて上告期間を徒過したものであるから、畢竟自己の責に帰すべき事由によつて上訴をすることができなくなつたものに該当する。もつとも、請求人は東京拘置所及び宇都宮刑務所在監当時監獄の職員に前記事件についての連絡方を依頼しておいたと主張するのであるが、かかる依頼の事実についてはなんらの疎明がないのみならず、請求人としては前記のごとく自らその所在を当裁判所に明らかにしておけばよかつたのであつて、そのようなことを職責としない監獄職員に連絡を依頼しておいたからといつて万全の措置を尽したものということはできず、いわんや出獄後においてまで刑務所の職員からの連絡を期待したなどとは到底考えられないことである。それゆえこの主張は上訴権回復の理由としては採用に値しない。